今までのことをつらつら考えてみたら、昔から食品添加物やら 農薬のことは気にしていた。 学校の家庭科で習ったからだろうか?それとも生きていくうち に自然に考えるようになったのだろうか? 覚えていないけれども、ハムを買う時には裏を見るのは昔から だった。 手軽なレトルトなどに頼らず、ダシ入りなんとかもあまり使わ ず、味噌汁も昆布と鰹節から毎日出汁を取ってきた。 薬もあまり好きではないし、アロマテラピーを取り入れるよう になったのも当然の方向性だったろう。 それがこんなことになって、もっと深刻に気をつけなければな らない状況になったので、ある時決心した。 弟と食べ物の放射能汚染について話をしていた。 事故当初からこどもの甲状腺癌のことや内部被曝の未知数の危 険からこどもたちを守ることを考えていた彼は放射能の検査を きちんと行い、その数値を公表し、その上で安全であるとわか っている食べ物を配達してくれる会社を選んでいた。 何年か後に自分の子供の喉にメスを入れるようなことになった ら、悔やんでも悔やみきれないと弟は言っていた。 それを同じようにこどもを持つ友人に話し、一人でも多くのこ どもを守りたいと言っていた。 最初は「何だ?それは」というような反応であっても、やはり 人の親、しばらくして「うちもその宅配にしたよ」という話を 聞くと話して良かったと思うと言っていた。 経済的な理由で続けられるかどうかと思っていた私も、優先順 位を考えたら、何かをやめてでもここは一番大事な食の安全を とることを決めた。 最初に食材が届いた時、何よりも毎日のご飯作りと食事時間の 心の重さがすっと軽くなったことに驚いた。 前にも何度か書いたけれど、「いつもありがとう」といって食 べてくれるくんくんに、自分が選んで自分が作ったご飯で被曝 させているかもしれないことを思うとつらくてたまらなかった。 スーパーの棚の前でため息をつきながら、今までの倍近い時間 をかけて(その産地はどの程度の汚染だったか、その会社は今 まで偽装など不誠実がなかったか、原材料を見て危険度の高い ものが使われているか、事故前の素材を使っているかなど、す ばやく頭の中でデータ処理する)買い物をするのにも疲れてい た。 「安全な食べ物だよ。一杯食べて。」 久しぶりに晴れやかな気持ちで食卓に着いた。 「美味しいね」 「うん、美味しいね」 当たり前のいつもの食卓の光景だった。 それからもう一つ、ちょっと気になっていた宅配にも入った。 これがまた食と生きると言うことを深く深く考えさせられるき っかけにもなった。 出来る限り農薬を使わないで丁寧に育てられた野菜や、薬など 使って不自然な育て方をしない豚や鶏やそのたまごなど、多分 私が生まれる前くらいの日本で食べられていたものがそこにあ った。 野菜は重く、味があった。 酪農の農家の方の想い、漁師さんのこと、今まで知らなかった ことを身近に感じる。 それらは何でも本物の味がした。 私はかろうじて本物の味を知っている世代だ。 放射能うんぬんを抜きにしてもこれは価値のあるものだとすぐ に確信した。 それから半年以上たった。 何もかも本当に美味しい食べ物たち。 先日などあじの開きを食べていてあまりの美味しさに思わず鯵 に「ありがとう」と言ってしまった。 そして驚いた。 食材にありがとうと心から思って口に出たこと。 くんくんがいつも言っていたことだった。 「命に感謝」 私達は命を頂いて生きている。 「その姿にしたのが人間であったなら、それをちゃんと最後ま で食べることだよ」 くんくんはそういって、食べ物を残すことをとても怒る。 総菜屋でバイトしていた時、廃棄処分になった食べ物を見るたび に怒りにふるえていた。 バイトから帰るといつもストレスを回復するためにたくさん寝 ていた。 お魚の命をいただいた。 だからちゃんと生きないと。 私は電子レンジをあまり信用していないのだけど、(もちろん便 利に使ってはいるが)食材になってもなお、命があったものは、 電子レンジによって何かが破壊される気がしていた。 ビタミンが壊れるとか言われてもゆでたり蒸したりする味の方が 好きだった。 それは自分の庭造りにも通じているのだと言うことにも気付いた。 いつか自然に還る物。 これが私の庭に置くかどうかの定義だったから。 すべてのことは繋がっているのだなと改めて思う。 「私、そのうち食べ物と会話出来るようになるかも」と生徒に言っ たら、先生なら本当にそんな気がするとみんなが言った。 花と会話するんだから野菜と会話しても不思議はないね。 今日もありがとう。 私達を生きさせてくれて。 命をありがとう。 放射能はイヤだけど、そのせいで食べることについて考えが深くな った。 どんな状況下に置いても何か学ぶことがあるのだな。